2月6日の日記「ハプニングアート」


作品001「息吹」

作品002「気魄」
重た両の掌の隙間から僅かに見える素顔。徹底して個を隠匿しながら激しく主張するその指先に作者は何の「息吹」を感じたのだろうか。
雑然とした背景に当てられた焦点は、主人公の感情の爆発に心を奪われながらも、それを直視できない作者の揺らぎの表れである。


作品003「進路」



作品004「秘密の花園」

放置された履物。しかし、確かに何かを目指して歩みを進めていた主(あるじ)の「意思」が痕跡としてそこに残されている。
両目があり、鼻があり、口がある。間違いなく顔がある。秘すれば花というが、社会常識ではこれは男性用下着にすぎないのだ。


作品005「隙間」


作品006「眼力」
闇に生きる人間に、過剰な光を過当て逆にその正体が曖昧なものとなる。そんな皮肉が行間に隠された作品。
「眼力」という名の目に見えない力。本来無意識に感じとるしかないその力を、拡大抽出し見事に写実している。


作品007「山頭火」


作品008「満開」
枯れ草で覆われた新興住宅地の寂寞とした情景を切り取り、自由律俳句で知られる種田山頭火の名を冠した作品。
満開である。衣食が足り、親しき者もいる。何気ない日常の風景への、意外ともいえる作者の温かな視点が伺われる。


作品009「忍耐」


作品010「清流」
共同溝の前に植えられた花と、花で隠されてしまった共同溝。どちらが多くの忍耐を強いられているのか。強いられていないのか。
描かれた人物は孫と祖父母だという。3人を包む温かい毛布と固く組まれた指に孫への清らかな愛情に思いを馳せずにはいられない。


作品011「ソーダ味」


作品012「覚醒」
自らをモチーフにした唯一のセルフポートレート。その脚の白さと青の鮮やかな対比はソーダ水からはじける炭酸のような鮮烈さだ。
撮影手法の斬新さが際立つ可能性にあふれた作品。この最新作を起点として写真芸術の新たな地平が切り開かれていくに違いない。

 

◆    ◆    ◆

趣味はネットサーフィンというIT関連3歳児ひなさんですが、今年になってからデジタルカメラの使い方を覚えちまいまして、油断していると勝手にスイッチを入れて手当たり次第に撮影をしてくれやがります。

何しろ幼児のすることですからレンズには遠慮なしで触るわ、ストラップを持って本体を振り回そうとするわで、本当はカメラを扱わせるのは推奨していないのですが、そうこうしているうちに、撮りためた作品?が結構な数になってきたので、その中からいくつかを抜粋して今回公開させていただくことにしました。

公開にあたって、各作品のタイトルを(語彙の少ない)みきさんに(無理やり)考えてもらい、これにもっともらしい解説をつけるという、親子3人による初めてのコラボレーションを試みてみました。この野心的な取り組みによる新しい表現方法が成功しているかどうかは、長い時間が評価を下してゆくことになるのでしょう。

とりあえず身近なところの評判でいうと、強制的にタイトルを考えるよう命じられたみきさんは、その作業がかなり面倒くさかったらしく、ちょっぴり不機嫌になってしまいました。その上、「語彙が少ない」とか書いちゃったので、今後この手法による作品づくりの前途は多難ということになりそうです(誰のせいだ)。

 

 

          

 

[PR]動画